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OB&OG NOW
札幌大学を卒業後、各界で活躍するOB、OGを紹介するインタビュー企画。現在の仕事内容から学生時代の思い出、後輩へのメッセージまで、ホットなメッセージでつづる「声の手紙」です。

マッキンリーでの経験と教訓を糧に
さらなる“冒険”にチャレンジしたい

 本学OBを含む5人の登山隊「なまら癖−X」が6月21日(水)、北米最高峰のマッキンリー(6,194m)の頂上からスキーとスノーボードによる滑走に成功(スノーボードによる滑走成功は日本人初)。登山隊に参加したOB3人に“冒険”のようすや後輩へのメッセージを伺いました。

奈良  亘さん
(株)ノマド ツアーガイド
奈良 亘さん
平成8年度経営学部卒
児玉  毅さん
プロスキーヤー・スキースクールインストラクター
児玉 毅さん
平成8年度経営学部卒
山木  匡浩さん
スキーインストラクター
山木 匡浩さん
平成9年度経営学部卒

■滑るために登る 登頂成功はその結果

――マッキンリーへの登頂、そして滑走成功おめでとうございます。まず、「なまら癖−X」のチーム編成を教えてください。

奈良登山チームのメンバーは、ここにいる児玉、山木、そして僕、山木の高校の後輩で同じスキー部だった佐々木大輔、僕らのスキー仲間の立川龍太郎の5人です。

児玉僕ら3人は全員、経営学部卒業ですが、在学中は接点がなかったね。

山木つきあいは卒業した後、山での出会いがきっかけ。

奈良今回の登山隊もチームとして固定しているわけではなくて、山の仲間の有志が、自然発生的に集まった促成部隊なんです。5人のうち実際に登頂したのは4人。立川は一週間目に高山病で下山を余儀なくされました。

児玉メンバーはほとんどがスキーの関連で飯を食っている連中。そのため一年中、どこかの山に登っている。そうやって山中心の生活をしていると接点があるんです。そんな中から、意気投合してできたチームなんです。

▲頂上アタックの準備も整い、やる気満々の3人。
山木ただ、僕だけはゲレンデでの滑走技術を競う基礎スキー専門で、冬山はおろか登山の経験がまったくなかった。

奈良僕らが現地入りした時、彼がちょうどアラスカを旅行中で、準備を手伝ってもらっているうちに、「一緒に登りたい」と山木が言い出して、飛び入り参加したというわけです。

児玉正直言って、周りは不安でした。何しろ彼は登山未経験者ですから。ところが、基礎スキーのトレーニングを積んでいるおかげで体力がずば抜けていて、高度にもスムーズに順応できた。そして、とうとう頂上まで行ってしまった(笑)。

――今回の登山、そして頂上からの滑走というプランはどんなきっかけでスタートしたのですか。

奈良まず、アラスカという僕らにとって未知の土地に、以前から憧れを持っていました。いつか訪ねてみたいと。それと、道内の山を中心に積んできた自分たちのスキーや登山の経験を、本格的な山で試したいと思うようになった。この二つが結び付いて、それならいっそ、マッキンリーを滑ってやろうと。
児玉マッキンリーは緯度が高く登山条件としては厳しいところで、登頂の成功率は50%以下。ただ、入山料が150ドルと安かった。エベレストなど日本円で100万円以上かかる山に比べると破格。こうした経費面も大きな理由です(笑)。
奈良ピークからは僕がスノーボード、児玉と佐々木がスキーで滑走したんですが、僕らはもともと、いい斜面を滑りたいという指向の方が強い。登山も好きですが、山頂まで行けなくても途中で気持ちよく滑れればいいなと。だから、たまたま登頂にも成功したと言った方が正しいかもしれませんね。
児玉天候が悪い時には無理をせずゆっくり進み、21日間かけて登って2日半で標高差4,000m、20kmの距離を一気に滑り降りてきました。

■苛酷な登山で知った仲間の大切さ、山との接し方

奈良普通、登山隊には隊長がいて、メンバーの役割分担も決まっているものなんですが、僕らのチームにはそれがない。山に対して共通の感覚を持つ仲間が自然に集まっているので、その場その場で皆が自分の役割を把握して行動するというチームワークができているんです。苛酷な場所で、同じ指向を持った仲間の大切さを再認識しました。

児玉チームワークがなければ即、死につながるような場面もあったので、なおさらそう感じますね。

山木氷の壁が続いていて、ワンミスで転落という場所では不慣れな自分をさりげなくサポートしてくれたり。
▲雄大な景色を眺める山木さん。

――実際に滑ってみてどうでしたか?

奈良ロケーションに感動しましたね。周囲の山や雲が層をなしているのを見下ろしながら、誰も滑っていない斜面を滑走する。気分はもう最高。生きててよかった、という感じ。

児玉標高が高いので雪が砂みたいにザラザラで滑らなかったり、かと思えばカリッとしたアイスバーンが現われて急に滑ったり。いい経験になりました。

山木キャンプでの空き時間を利用しては少し上まで登って何本か滑ったのですが、ゲレンデしか滑ったことがないのでかなり苦戦しました。まるで氷ですから。

児玉空気が薄いので、身体が順応するまでは、滑ると貧血のような状態になって、頭の中が真白になるというのも貴重な体験でしたね。

奈良下山途中に滑った時、大きな雪崩を誘発して、レンジャーから注意を受けたんです。滑ること自体に規制はないんですが、山での行動は自分たちだけの問題じゃないということを改めて教えられた。それと、マッキンリーのあるデナリ国立公園は非常に管理が厳しくて、登山道にはゴミひとつ落ちていない。山で過ごす時間が長い僕たちにとっていい勉強にもなりましたね。

■とにかくまず、一歩踏み出してみる それが僕らの変わらないスタンス

――学生時代のことなどを教えてください。

児玉「三浦雄一郎&スノードルフィン」というスキースクールに所属して、冬はスキー漬けでした。スクールのメンバーの影響で山を始めるようになって。現在も、そのスクールでインストラクターをする傍ら、プロスキーヤーとして雑誌、ビデオの撮影などの仕事をしています。

奈良高校3年まで器械体操の日々。山を始めたのは大学に入ってからです。旅が好きだったので仕事は旅行関係に進もうと決めて、現在は(株)ノマドという山岳等を得意とする旅行会社に勤めています。

▲奈良さんは、後方にマッキンリーを従えて。
山木高校時代から基礎スキーの道で活躍したいと決めていました。全日本選手権には18歳から出場できるのですが、受験勉強をしていては出られない。そんなわけで、札大には推薦で入りました。面接の時、進学したら大会で絶対に優勝するとアピール。入学後は「リバティスノースキークラブ」に籍を置いて、公約通り優勝しました。今も冬場はスキーオンリー。それ以外のシーズンも自由に動けるように定職にはついていません。

奈良サラリーマンは僕だけですが(笑)、3人とも大学時代から没頭していたことが結局、いまの生活に直結している。学生の皆さんにも、好きなこと、熱中できることがあったら、存分にパワーを注いでほしいですね。

児玉やりたいことは、とにかくまずやってみる、一歩踏み出してみることがとても大事。僕らは今でもそういうスタンスでさまざまなことに挑戦しています。

山木不可能なことはない、くらいの気持ちで何かにチャレンジしてみること。大学時代はそれが自由にできる時期だと思います。

奈良チャレンジということではいま、グリーンランドのフィヨルドをシーカヤックで行って、滑走に良さそうな斜面を探して滑るという計画が進行中です。今度も僕らの好きな”未知の世界“。ぜひ、実現させたいですね。

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